제목(260) 亡命韓人ノ渡來幷ニ其言動ニ就テ [金寬鉉의 渡日後 動靜]  
문서번호兵發秘第三二二號  
발신일明治三十五年六月十二日 ( 1902년 06월 12일 )  
수신자外務大臣 男爵 小村壽太郞  
(260) 亡命韓人ノ渡來幷ニ其言動ニ就テ [金寬鉉의 渡日後 動靜]
兵發秘第三二二號
韓國陸軍步兵參尉金寬鉉 (二十五年) ハ金子常次郞ト變名シ昨十一日午後四時二十分入港ノ汽船白川丸ニテ仁川ヨリ來航直ニ朴泳孝ヲ其邸ニ訪ヒ目下朝日新塾內ニ滯在中ナルカ頭髮散髮ニシテ身ニハ汚穢ナル通常洋服ヲ着シ一見頗ル窮厄ノ狀アリ而シテ本人ハ去ル明治二十八年四月外十八名ト共ニ韓國政府ヨリ官費留學生トシテ本邦ニ派遣セラレ慶應義塾·成城學校及陸軍士官學校等ニ在學客年三月其業ヲ卒ヘ同窓生金鳳錫ト共ニ客年三月十七日當港出帆汽船木曾川丸ニ便乘歸國セシモノニテ爾來韓國親衛步兵第三聯隊附軍吏トシテ服役中今回兪成濬等ノ陰謀事件ニ關シ韓國政府ノ注目スル處トナリ遂ニハ身ノ奇禍ニ罹ランコトヲ慮リ倉皇本邦ヘ逃亡シ來リタル者ノ由ナルカ今本人カ某訪客ニ對シ爲シタル談話ナリト云フヲ聞クニ曰ク
吾々同志十九名 (內一名ハ本邦在學中死亡セリト云フ) ハ曩ニ日本ニ留學シ業ヲ卒ヘ將サニ歸國セントスルニ際シ誓フニ一致團結軍政革新ノ事ヲ以テセリ然レトモ或ハ其密計ノ他ニ漏洩センコトヲ慮リ之レカ豫防策トシテ一ノ誓約書ヲ作リ之レニ軍政革新ニ關スル事項ヨリ若シ誓約ニ違犯スルモノアルトキハ誅殺ヲ加フル旨ヲ記載シ各自署名捺印セリ而ルニ同志者中趙宅顯·張浩翼ノ兩名ハ先輩者トシテ將タ一般ノ信賴スル處ナルヲ以テ右兩名ヘ誓約書ノ保管方ヲ托シ置キ他ハ何レモ歸國ノ上夫々軍務ニ服シ密カニ機ノ熟スルヲ待チツゝアリシカ今回兪成濬等ノ陰謀事件ノ發露スルヤ吾々同志カ軍政改革ノ陰謀アルコト政府ノ探知スル處トナリ之レニ原因シテ趙宅顯·張浩翼·權浩善ノ三名ハ旣ニ逮捕セラレ他ノ同志七名ハ未タ逮捕セラレタリト云フニハアラサレトモ武官學校敎授ノ儘校內ニ幽閉セラルゝニ至リ亦姜容凞 (客月十四日兵發秘第二六三號參照) ナル者ハ何レノ邊ヨリカ本件發覺ノ端ヲ豫知シ各ヲ日本國北海道ニ於ケル屯田兵ノ狀況視察ニ藉リ甘言以テ當局者ヲ籠絡シ日本ヘ派遣セラレタルカ其實本人ハ今回ノ事件ニ付奇禍ヲ免レンカ爲メ逃亡セシモノニ外ナラス然ルニ余自身ニ於テモ亦同樣大ニ政府ノ爲メ注意ヲ受ケ禍ノ身ニ及ハンコトヲ慮リ逃走ヲ企テタルモ政府ノ注意緻密ニシテ容易ニ目的ヲ達スルコト難ク殆ント危急ノ域ニ沈淪セシカ在韓林公使及野津少佐ノ注意ニ依リ京城ヨリ仁川ニ至ルマテノ間身ヲ箱包ミト爲シ物品ニ裝フテ送致セラレ尙ホ仁川領事ノ保護ヲ受ケ漸ク乘船ナシタル次第ナルカ其際ニ當テハ早ヤ巡檢等ノ窺ヒ知ル處トナリ凡ソ十四名計リ追跡シ來リタルモ吾々ハ日本人金子常次郞ナリト主張シ彼等カ躊躇セル間早クモ船內ニ遁匿シタルヲ以テ彼等ハ遂ニ船內ニ立入ルヲ得スシテ空シク引返セリ尙ホ船內ニ於テハ領事ヨリノ注意ニヨリ船長ノ手厚キ保護ヲ受ケ無事本邦ヘ着スルヲ得タル次第ニテ公使其他ノ厚情ニ對シテハ實ニ謝スルニ餘リアリ而ルニ餘リ匆急逃亡シ來リタルコトゝテ身一物ノ貯ヘトテモアラサレハ前途ノ方向ニ付殆ント困難ヲ感シタリ左レハ先ツ當地ニ於テ朴泳孝ヲ賴リテ身ノ方向ヲ定メントノ目的ナリ而ルニ右密謀誓約書カ如何ニシテ韓國政府ノ爲メ探知セラレタルヤトノ點ニ付熟々考察スルニ吾々同志カ斯クモ嚴重ニ誓ヲナシタルモノカ容易ニ他ニ漏洩スヘキ筈ナク又同志者中密告セシ者アリトモ認メラレス而ルニ密書ノ所在ニ付曾テ委托セシ趙宅顯ニ質シタルコトアリタルニ本人ノ言ニ依レハ右ハ客年九月中歸國ニ際シ若シ該誓約書ヲ持チ歸ルトキハ本國政府ノ爲メ發見セラルゝノ虞ナシトセス依テ之レカ處分方他ノ同志ニ諮リタルニ何レモ其發覺ヲ憂慮シ寧ロ燒却スルノ優レルニ如カスト云フニ議一決シタルヲ以テ直ニ之レヲ燒却セリ云々ト答フルモ言辭曖昧ニシテ稍ヤ容疑スヘキ點アルヲ以テ尙ホ進ンテ探偵ヲナシタルニ其實趙等ハ右誓約書保管方兪吉濬ニ委托シタル由ニテ其後韓國政府ハ兪吉濬ノ行動察ノ爲メ一ノ間諜ヲ派遣シタルニ如何ナル事情ヨリシテカ兪ト間諜某トハ何時カ密接スルニ到リ兪モ亦大ニ本人ヲ信シタルヨリ遂ニハ趙等カ托シタル誓約書迄モ彼ニ披見セシムルニ至リタルヨリ間諜某ハ奇貨逸スヘカラストナシ過般歸國ノ上兪吉濬ノ行動ヨリ吾々トノ關係並ニ吾々同志ノ密計ニ至ルマテ遂一復命スル處アリタルヨリ之レカ導火線トナリ遂ニ今日ノ一大騷擾ヲ惹起スルニ至リシモノナラン尙ホ聞ク處ニ依レハ右誓約書ハ未タ兪吉濬ノ手裏ニ存在シ居ル趣キナルヲ以テ朴泳孝ノ許ニアル學生等ヲシテ之レヲ內偵セシメ若シ果シテ存在セハ之ヲ取返シ後日ニ憂患ヲ遺サゝランカ爲メ之レヲ燒却セントノ目的ナリ免モ角該事件落着ニ歸セハ野津少佐ヨリ其旨通知アル筈
ナレハ夫迄ハ當地ニ滯在シテ徐々後圖ヲナサム考ナリ云々
以上ノ通リニシテ本人ハ彼ノ兪吉濬等ノ陰謀事件ニ關係ヲ有スル者ト思料セラルゝヲ以テ目下嚴密視察中
右及申報候也
明治三十五年六月十二日
兵庫縣知事 服部一三
外務大臣 男爵 小村壽太郞 殿
內外相·總監及神奈川·京都·岐阜·大阪·山口·福岡·長崎·大分ノ長官通報ス